2010年7月20日火曜日

草原の海

日本が休日だった昨日、海関連の事柄にまったく興味の無い私はナイロビ国立公園でサファリをしてきました。
 
出たモノはライオン、シロサイ、マサイキリン、ダチョウ、インパラ、バッファロー、シマウマなど。世界中を探してもその国の首都にライオンを放し飼いにしているところなんて無いでしょうね。この100平方キロあまりの小さい国立公園をもっと宣伝していきたいなぁ、と切に感じています。

2010年7月18日日曜日

ヌー情報

7月に入り少し落ち着いていたヌーとシマウマの活動も、先週から再び活発になってきたようです。現在はマラ川の東岸、ナロック側に群れが集まっていて散発的に西へ向けて渡っている状況です。8月も後半になると逆に西から東へ渡ってきたり、あるいはタレック川を北へ向けて渡ったり、あくまでも「ヌーの気分」が優先されます。
 
ヌーが渡る地点を探すには丸一日かかるので、ライオンやクロサイなど他の人気動物を観察する時間とどっちを優先するかは悩むところ。マサイマラに2泊しかしない場合は特にそうですね。
  
※写真提供:大島貴美子様 2010年6月26日撮影

2010年7月11日日曜日

Back to Kenya


3週間ぶりに戻ったケニア。ベランダでやっている家庭菜園のネギとコリアンダーが異様に生長していました。
 
しかし函館で食べたお寿司は美味しかったなぁ。逆立ちしてもアフリカでは食べられない。こういう点は日本が優れている点ですね。

2010年7月8日木曜日

KQ: LHR/NBO

自称「アフリカのプライド」ことケニア航空の機材はトリプルセブンでした。個人テレビは好きなときに好きな番組を、好きなだけ早送りしたり一時停止したりできるシステム。トイレに行っても内容を見逃さない最高のシステムが使われていました。


 
一方で機内食はどこにでもあるような内容。CAは全員ケニア人でしたがあのような無愛想を9時間も続けられる才能に逆に関心しました。VS、BA、KLなど多くの航空会社が乗り入れている状況で、イギリス人の最後の選択肢となるはずのKQは価格で勝負するしか無いのは当然かもしれません。

2010年7月7日水曜日

ヒースローT3>T4


長かった飛行機の旅もいよいよ終わり。最後のナイロビ行きはケニア航空に乗ってみることにしました。ただ「世界一ロスバゲの多い」ヒースローですし、さらにはターミナル間の移動も不安だったので荷物は成田でスルーにはせずピックアップにしておきました。でもこのアレンジはあまりお勧めできません。

 
 
 
VSが到着するのはターミナル3。ビザは不要ですがまず入国審査を受けて、荷物を自力で引き取ったあとは地下鉄(無料)に乗って隣のターミナル4へ移動します。そこで再びチェックインカウンターに並んでやっと搭乗券の入手となります。手続きが終わった時には一杯のビールを飲む時間しか残っていませんでした。

2010年7月6日火曜日

VS: NRT/LHR


離陸後すぐの昼食は「ダブルかき揚げ丼」をチョイス。小エビが2匹ずつ、合計4匹がお腹の中に納まりました。隣のおじさんが選んだ幕の内弁当もおいしそうでしたよ。食後に全員に配られたアイスキャンデーが懐かしい味でした。

 

着陸前の軽食はココナッツ風味のタイカレーにしました。よくあるビーフシチューとかパスタなどではなく機内食のメニューも変化に富んでいるのが好ましかったです。空から英国の田園風景に見入っているうちにストンと着陸してくれました。

2010年7月4日日曜日

成田第一ターミナル


3週間の滞在はあっという間に終了し、いよいよ帰国の日となりました。バージンはANAと同じ第一ターミナルからの出発です。11:30という出発時刻は私のように地方から来るものにとってはちょっと早すぎるなぁ。日本での最後の生ビールを慌しく飲み干してから機内へ。

 
 
  
 
機材はまたまたA340-300。乗客はほとんど日本人で、「ウィンブルドン観に行くのよ~」というマダムもいました。アメニティポーチもフットレストも無し。でも今回VSを選んだ最大のポイントはアフリカ絡みのルートならばエコノミークラスでも預け荷物が46キロまでOKだったこと。味噌、しょうゆ、日本語の小説などを積めるだけ積んで帰ってきました。
 

2010年7月3日土曜日

NH: LHR/NRT


いよいよ日本行きフライトです。隣は桜上水にアパートを借りているという自称アーティストの英国人男性でした。いろんな人生がANAプレミアムエコノミー席では交錯するのです。
 
シートは横幅が特に広くって、フットレストがついていました。貸し出されるヘッドフォンが異様に大きくてなんだろうと思っていましたが、降機直前にそれは「ノイズキャンセリング機能つき」だったことに気づいたのでした。スイッチはOFFのまま使っていたのですが。。
 
ランチはあんかけ焼きそばに惹かれました。つまみの焼き鳥串に感激。日本線だけにTVプログラムも豊富で、ipodで声だけで知っていた落語家の実際の映像をたくさん観られたのが嬉しかったです。そうこうするうちに6ヶ月ぶりの日本へ無事に到着となりました。

ヒースローT3


バージンはヒースロー空港に5つもあるターミナルのうち「3」に到着します。乗り継ぎ便は全日空で同じターミナルなので余裕と思いきやセキュリティチェックに時間がかかり、乗り継ぎカウンターに辿り着いたのは1時間半前。
 
中国系のスタッフが「今日はエコノミーはいっぱいですね~」ってもしかして!?
「プレミアムエコノミーで飛んでいただけますか、すみませんが」ってもちろんOKでしょっ!
 
こうしてラッキーな12時間を過ごせることになったのでした。あとは隣席がブロンドの美女だったりしたら言うこと無しって感じですね。

2010年7月2日金曜日

VS: NBO/LHR

ナイロビから最初に乗ったのはポップで楽しげなイメージがあるバージン・アトランティック航空。機内案内もロック調なアニメで楽しげです。機材は内部が広めのエアバス340-300。航空業界で初めて導入したといわれる多チャンネル個人TVも健在でしたが、2時間ごとに上映が繰り返されるタイプで早送りも一時停止もできませんでした。
 
 

機内食はこんな感じ。赤ワインはグラスで出されました。ルビーレッドの制服を着たCAがみんな楽しげに働いているのがとても印象的でした。食事を「ヒア・ウィ・ゴー」って叫びながら持ってきてくれるんです。全員白人で金髪だったのは舞台装置の一環だったのでしょうか。9時間弱でヒースローに到着、疲れもありませんでした。

2010年7月1日木曜日

ケニア発日本行き


だいたい一年に一度は日本へ帰っているのですが、その際にこだわっているのが経由地と航空会社。以前に旅行代理店で働いていたこともあるのでお得なルートと料金を探し出すのは半分趣味でもあります。
 
中東の航空会社が元気な昨今ではケニアと日本をつなぐルートは無数にありますが、先月帰国した際に選んだのはロンドン経由。さらに往復4セクターのうちキャリアを3つも使うという離れ業にトライしてみました。以後、1社ずつ順にご紹介したいと思います。

※建設中だったスカイツリー。生まれ故郷の浅草側より撮影

2010年6月30日水曜日

6.29 プレトリア


昨日の試合はここナイロビでも大変盛り上がりました。
日本大使館のご好意で、会議室に在住日本人が集まって一緒になって応援しました。南アまで時差2時間なので日本よりは早く強く声援が現地へ届いたことと思います。
 
いろんな意味で世界を、そして日本を驚かせた日本代表。帰国後、しばらく国内は今回の快挙の余韻にひたれるはずです。情報のとぼしいケニアにいる身にはそれがとっても羨ましいのです。

2010年6月26日土曜日

川渡りスタート!


世界のみなさん、お待たせしました。
 
マサイマラでの一大イベントであるヌーの川渡りが例年より2週間早くスタートしました。
先週はヌーの大群はキーコロックの南、サンドリバーあたりでウロウロしていたのですが、今週に入ると北部のフィグツリーあたりへ北上。2日前にはとうとうマラ川の一部を渡り始めました。
 
現在はマラセレナ側で待ち構えていると最もよく見えるそうですが、東マサイマラ側にある丘の上からでも渡って行く姿が見えるようです。
 
これから9月頃までは川のいろんな場所を行ったり来たりを繰り返します。ちょうど川渡りを目撃できるかは運と辛抱強さが必要となります。

2010年5月30日日曜日

エトー離脱?


6/14に日本と対戦するカメルーンですが、期待していたとおりの内紛が発生です。
 
90年大会のスター、ロジェ・ミラが現エースのエトーを批判、「あいつはバルサやインテルでばっかり活躍して国の代表としては何も貢献していない!」という全くおせっかいな発言。
それを受けて江藤、じゃなくエトーは「代表やる意味を全く感じないから降りようかな」とのこと。

世界ランキング10位台と45位の日本では普通にやったら負けますから、こういう周辺からの揺さぶりをもっとかけて行きたいですね。

2010年5月23日日曜日

ソトコト


「ロハス」な雑誌、ソトコトが主宰するハーフマラソン大会が本日ナイロビで行われました。
 
当初予定していた「ライオンが見ている横で国立公園を駆け抜ける」案は途中で却下されて普通の道路上を走りました。

目玉は先導車となったソーラーカー。ランナーにとっては嬉しい曇り空での開催となりましたが、車のほうはちゃんと走ったのでしょうか。

2010年4月30日金曜日

KQ最終レポート


2007年の5月にカメルーン領内で墜落、炎上、114人が無くなったケニア航空による事故ですが、原因究明の最終レポートが発表になりました。KQに取っては手厳しい内容となっています。
 
・悪天候だったにせよ基本的に人災
・機長は経験豊富だったが性格的に傲慢で他のスタッフと非協力的だった
・反面、副操縦士は経験が非常に浅く、機長のミスを指摘できる雰囲気にはなかった
 
KQはもちろん反論の構えですが、私が疑問に思うのは最終結論発表までの遅れ、そして同様の問題を内在しながら3年間も知らん顔で飛行機を飛ばし続けていたKQの姿勢ですね。日本の「あの」小説を思い起こします。

2010年4月24日土曜日

NNP②


NNPは国際空港と市街地の間に位置しますから、お金さえ払えばホテルに入る前に「飛行機降りてすぐサファリ」が楽しめます。ゾウはいませんがライオンやクロサイは頑張れば見られますし、キリンやシマウマ、ハーテビースト、インパラなどの草食動物はうじゃうじゃいます。
 
この日は一頭の若いジャッカルがインパラの群れにちょっかいを出す姿が見られました。我慢できなくなったのか、最後にはオスのインパラが頭突きを食らわす場面も。角が刺さらなくて良かったですが、ジャッカルにはいい勉強になったでしょう。

2010年4月23日金曜日

NNP


NNPことナイロビ国立公園は、世界で唯一?首都の中にあってかつライオンが生息している国立公園です。
朝6時からオープンしていて市内から10分ほどの距離なので、週末は特に家族連れがカローラやRAV4などで乗りつけます。
 
私も早起きして7時から「プチサファリ」に挑戦したところ、ゲートすぐの場所でライオンの夫婦を目撃しました。それ以降は昼過ぎまで粘りましたがライオンは見かけなかったので、早起きは三文の徳という言葉が身にしみた一日となったのです。

2010年4月16日金曜日

シママングース


背中に縞模様のあるこのマングースは久しぶりに見ました。時々周囲を警戒してかピョコっと立ち上がる姿が愛らしいのです。

2010年4月15日木曜日

ライオン親子


ライオンに決まった繁殖期はありません。餌の状態に加えて「いつ」プライドが新しい雄に乗っ取られるか、がタイミングを左右します。
 
今回はマラソパロッジの近くで親子を観察できました。一回の出産は平均3頭だそうで、例にもれずこの母親も3頭の赤ちゃんを連れていました。斑点模様はすでに消えていたので生後数ヶ月は経っている様子でした。

2010年4月14日水曜日

親子カバ


マサイマラを縦断するマラ川ではカバの親子が見られました。雨季なので川の流れはごうごう聞こえるような濁流でしたが群れでプカプカ浮いていました。
 
動物園などではのん気に写りますが、現地ではキラーヒッポなどと呼ばれ、特に夜間に道ではばったり会いたくない動物NO1です。

2010年4月11日日曜日

親子キリン


今回はマラセレナに向かう途中の丘でキリンの親子にも出会いました。
 
繁殖シーズンは決まっていませんが雨季を好むようです。誕生時の赤ちゃんは2m上から地面に落下しますが怪我しないそうです。赤ちゃんは生まれてから2週間はどこかの藪に隠されたままでいて、その間はお母さんが付きっきりでガードするそうです。大人はライオンの顎をも砕くようなキックで身を守れますが赤ちゃんは無防備で、調査によれば生後一ヶ月まで生き残れる確率は25%~50%だそうです。

2010年4月8日木曜日

親子トピ


マサイマラでも先月から雨の降る日が多くなったようで、場所によっては草が伸び放題でした。≒写真が撮りづらかったり動物を発見しにくかったり。。でも子連れの動物が多いのは利点ですね。
 
キーコロックからマラソパに向かう間の草原でトピの親子がいました。子供といってもすでに肩と太ももの模様が出ていましたけど。トピはよくアリ塚の上に立って周囲を見回しているような行動を取るので格好イイ写真が撮りやすいのです。

2010年4月6日火曜日

蜜月旅行②


交尾の最中、オスはメスの首根っこを噛んで押さえつけるようにします。
メスは交尾の終わる直前にオスの横っ面をはたくそうですが、こちらは観察できませんでした。
交尾後、メスが地面の上をごろごろと寝転がるのはガイドブックの通りでした。これは少しでも妊娠のチャンスを増やすためと考えられています。
 
交尾の機会をめぐる雄ライオン間の競争はすさまじいものがありますが、妊娠の成功率が異常に低いおかげで競争の激しさは緩和されていると思われます。なぜなら複数のオス・メスが入り乱れて何百回も交尾を行うので、子供が生まれる頃には「自分はどの子の父親なのか」を自分でも覚えていないという状況になるからです。百獣の王はライフスタイルの複雑さもNO1なのです。

2010年4月5日月曜日

蜜月旅行


3日間の短い滞在でしたが、最大の喜びはハネムーン中のライオンに遭遇できたこと。
「沈まぬ太陽」にも描写がありますが、実際に見てみると百獣の王のソレは早いの何のって。。
 
皆さんの自宅の猫ちゃんを見れば明らかですが、ネコ科の動物は基本的には単独行動。群れで狩りをしたり親戚の子供を保育園みたいに共同で育てたりするのはライオンだけです。そういった特別な社会システムを持つライオンは繁殖行動も特殊なのです。
 
ちなみに群れを離れて2人だけで行うハネムーン旅行は数週間続き、その間はほとんど飲まず食わずで交尾を続け、その回数は3000回に達するそうです。百獣の王にふさわしいと思いませんか?

2010年4月1日木曜日

イースターinケニア


英連邦の一員であるケニアではイースターはしっかり休日となります。グッドフライデーからの4連休は人によってはクリスマスよりも長い休暇となります。今朝はすでに交通渋滞がひどいことになっていました。
 
私も会社を休みにしてマサイマラに行ってこようと思います。久しぶりなので、戻ってきたらまた新ネタを披露するつもりです。

2010年3月31日水曜日

タンザニアビール③


お次は「サファリ」。アルコール度も5.5%と強めです。ラベルがレトロ調でデザインはわらぶき小屋なのは何故?アルーシャ市内のスパイス&ハーブスというエチオピア料理屋での場面です。

2010年3月28日日曜日

ウキ雨季ケニア


最近のナイロビは毎週の様に大雨が1日くらいは降ります。
雨が降ると交差点が水没したり、交通整理をする警察が帰宅してしまって交差点がカオスになったり、ぎりぎりしか給油してなかった車がガス切れになって放置されたり、もう世の中の終わりのような雰囲気になります。
 
とりあえず今年は大雨季が例年どおりにやってきたようですから、無能呼ばわりされている農業大臣と水対策大臣はほっと胸をなでおろしていることでしょう。

2010年3月21日日曜日

タンザニアビール②


タンザニアで最も見かけるのはこの「キリマンジャロ」でしょう。瓶の形はレトロ。味はクセがある、というかちょっと臭い。絵柄はもちろんアフリカ最高峰。氷河は絵柄ほど現在は残っていませんが。
 
キリマンジャロの麓で一番大きい町、モシのバックパッカー宿の屋上で撮った写真です。背後に山を写しています。

2010年3月18日木曜日

タンザニアビール①


私は強いお酒は飲みませんがビールは好きです。ここ東アフリカは英独の植民地だったせいもありビールが豊富にそろっているので、サファリの合間にビールの飲み比べも楽しめます。
 
こちらは「セレンゲティ・ラガー」。タンザニアでは最もデザインも味も洗練されていると思います。ラベルは格好いいヒョウです。ンゴロンゴロを始めほとんどのサファリロッジで手に入りますが、冷えたビール!と念を押したほうがいいでしょう。地元の人はぬるいまま飲むのが普通ですから。
 
※写真はダルエスサラームのケンピンスキーホテル、屋上バーにて

2010年3月16日火曜日

象牙解禁?


現在カタールで議論中のサイテス(希少生物の国際取引に関する条約)ですが、「象牙取引再開絶対反対!」を叫ぶケニア側の旗色は良くないようです。
 
隣国のタンザニアを始め南部アフリカ諸国ではゾウの個体数が増加中というデータに基づいて、倉庫に貯まっている象牙を日本などアジア各国へ販売して現金収入を得たい、という声が大きいからです。
 
象牙取引はアフリカ人の権利であり、買うのはアジア人で、欧米人は環境保護が第一、という図式ですから簡単にはまとまらないでしょう。ちなみにケニアでゾウの調査が進んでいるのはアンボセリとサンブルです。

2010年3月13日土曜日

モッタイナイ植樹


皇太子はケニア滞在の最終日、ノーベル賞のワンガリ・マータイ女史と植林をされたそうです。

彼女が進めている「グリーンベルト運動」では植林、食料増産、女性の自立など様々な目標を掲げています。実験地は全国に広がっていますがナイロビ近郊にもあり日帰りで活動に参加することもできます。
 
※写真は昨年私が参加した際の歓迎セレモニー

2010年3月11日木曜日

JAPスクール訪問


政府専用機でいらした皇太子ですが、11日はナイロビの日本人学校を訪れたそうです。
 
「・・・日本という国をこのケニアの地から眺めてください。皆さんの滞在は大変意義のあるものになると思います。」

子供たちへのお言葉でしたがとってもいいですよね。日本にいると日常がひたすら流れていってしまい、周囲のことも逆に日本のことも見えなくなると最近感じています。ちょっと(といってもアフリカは遠すぎる?)離れた国、場所から日本を遠望してみると、世界の中の日本の位置が平面的に落ち着いて見えてきて気持ちいいのです。最近の私のこういう考えとぴったり合致するお言葉だったので引用させていただきました。

2010年3月9日火曜日

違法ロッジ


ケニア政府のレポートによりますと、現在マサイマラ周辺で営業活動をしているロッジ、キャンプサイトなどの総数はなんと108軒。そのうち飲食、酒類販売、納税関係等の全ての書類が揃っているのはわずかに29%だったそうです。
 
確かに取得する免許、許可証の類は日本では考えられないほど多数あり、取得までに何年もかかったり賄賂が必要だったりしますので、その全てが違法というわけではありませんが「未法」と呼べるかもしれません。
 
もし観光大臣が法の遵守を強く推進したのなら営業停止になるロッジが出てくるかもしれません。ちなみに新聞には具体名は出ていませんでした。

2010年3月8日月曜日

皇太子INケニア


ガーナに入った皇太子は10日に次の訪問国、ケニアへ来られます。初日のお泊りは警備を行いやすいのでしょうか、ナイロビセレナ。
 
その後はケニア山の麓のナンユキ、スイートウォーターズ、灌漑施設などを訪れるそうです。日本のニュースでケニアの美しい風景が映ったりすればイメージアップにつながるのですが。

2010年3月6日土曜日

カウントダウン96日


いよいよ開幕まで100日を切った南アW杯。昨日は各地で親善試合が組まれました。
 
気になる不屈のライオンことカメルーンはイタリアとモナコでスコアレスドロー。日本がもしイタリアとやったら引き分けに持ち込めるのでしょうか?
ちなみにガーナはボスニアに1-2。コートジボアールは韓国に0-2。出場まであと一歩だったエジプトはイギリスに1-3でした。

2010年3月5日金曜日

サンブル水没


このところケニア北部で大雨が続き、その結果サンブルが大洪水にみまわれました。
川沿いに建てられた主要ロッジは軒並み水没、または破壊されるという大惨事。宿泊客やロッジのスタッフはイギリス軍のヘリによって空路脱出しました。
復旧がハイシーズンの7月に間に合うのかは全く不明です。

2010年2月27日土曜日

マサイマーケット


ナイロビ市内の駐車場などで急に開催されるのがマサイマーケット。実際にはマサイ族は見られませんが、ビーズ製品や木彫り、布などを売る人達が大勢集まってきて地面に商品を広げて商売を行う青空市場みたいなものです。

毎週火曜はウェストランズという地域にあるショッピングモール、ウェストゲートにて。水曜はモンバサロード沿いのキャピタルセンター、土曜は市中心地にある駐車場、日曜はハーリンガムという地域のモール、YAYAセンターの駐車場で開かれます。

観光客はもちろん、地元の人もひやかしにやってきます。最初の値段はふっかけてくるのでご注意を。また人ごみではスリにも注意してください。

2010年2月25日木曜日

ZNZ空港


最後はザンジバルの空港です。ダルエスサラームのユニット1からエンジンひとつの小型飛行機で飛びたってから約10分で到着。ナイロビからの便もあるのでいちおう国際空港です。

ターンテーブルもなく入国審査も簡単で、日本の地方空港の雰囲気。建物を出ると降り注ぐ太陽と共にタクシーの客引きが集まってくるのはどこも同じ。宿泊がストーンタウンなら車ですぐ着きます。東にあるビーチならば1時間はみたほうがいいでしょう。

ダルエスサラームからは飛行機以外にも高速船が何社も出ています。所要3時間で一等船室で40ドルほど。予約ができずに前日に買うだけなので不安は残りますが魅力的です。

2010年2月20日土曜日

首相会談


現在、日本を訪問中のオディンガ首相は、ケニアでは大統領に次ぐNo2です。
鳩山首相との会談の結果、295億円を地熱発電のために借りることで合意したそうです。
 
マグマの活動が活発な地域としてはヘルズゲートNPや写真のンゴロノットNPが知られています。
また間欠泉で有名なボゴリア湖でもそういう動きがあるようです。グリーンエネルギーは世界中で注目されています。

2010年2月17日水曜日

国内線ターミナル


見かけも中身もレトロな感じのターミナルがこちら。ザンジバル行きなど小さい航空会社が主に利用します。
 
ザンジバルからこの空港へ着いて、次に国際線へ乗り継ぐ場合は出口にたむろしているタクシーを捕まえての交渉が必須です。うまくいけば5ドルくらいでやってくれるでしょう。歩けば30分ですが炎天下で荷物を引きずっての移動は思ったより辛いと思われます。

2010年2月15日月曜日

国際線ターミナル


ダルエスサラームの空港はユーザーフレンドリーの正反対を突き進んでいます。
 
国際線の発着に使っている空港は新しくていいのですが(写真)、これとは別に昔は国際線にも使っていたという古い空港が隣にあります。現在はユニット1とかドメスティックターミナルとか呼ばれているもの。
それら新旧空港の間が1キロと中途半端に離れており、かつ公共交通機関がないのでタクシーを使わざるを得ないのが我慢なりません。国の政策なのでしょうか。

さらに全ての国内便がユニット1を使っているわけではなく、プレシジョンエアーと国営エアタンザニアだけは国内線でも国際ターミナルから出発します。紛らわしいことこの上ないのです。

2010年2月13日土曜日

ダル行きPW

 
今回のタンザニア出張ではPWことプレシジョンエアーに乗る機会に恵まれました。ケニア航空が半分出資している民間航空会社ですがベースはタンザニアにあります。
 
搭乗したのはナイロビ17:25発、ダルエスサラーム行きのKQ484便。機材はボーイング737-300でジェット機。PWとの共同運航便という話でしたが乗ってみると機材も乗務員も丸っきりPWでした。1時間ちょっとの飛行ですがミニボトルの赤ワインとサンドウィッチが出ます。

驚いたのはケニアから来る便に合わせて白衣のスタッフが出てきてイエローカードの有無をいちいちチェックすること。両国ともにマラリア汚染国のくせになぜかタンザニア側だけが入国を制限しているのです。ドバイやドーハ経由なら問題ありません。